1952年生まれのミッチ・エプステイン は、ニューヨークをベースに活躍する写真家です。2009年にステイドル社から発刊された、"American
Power"は、アメリカで製造されるエネルギー源の使用と供給に関する作品だったことから、特に社会派の写真家という認識で理解されている作家です。私は、ミッチ・エプステイン の作品を知ったのは、写真集が最初ではなく、映画の撮影監督としての仕事でした。それは、前妻である映画監督のミラ・ネイアー (Mira Nair) との共作ドキュメンタリー映画、"Indian
Cabaret" (1985)です。この映画はインドの娼婦の生活を追った作品ですが、エプステインにとり、その後(2013年現時点におき)、3作映画の映像を制作し、9冊の写真集を発刊していることから、写真家としての目を養った重要な作品の一つであると思います。
前作の"American Power"は、非常に大掛かりなプロジェクトで、5年間の歳月(2004年ー2009年)を費やし、アメリカ全土を横断し完成させたエネルギー資源について作品でした。それと打って変わり、"New
York Arbor"はエプステインの地元である、ニューヨークの5つの地区に生息する木についての作品です。エプステインは、この作品に関して"about photographing something to honour, rather than
mourn" (悲観的な物ではなく栄誉を称える作品をつくりたかったんだ)と話しています。また、この作品は、ニューヨークと言う大都会において、普段見過ごされている、自然が、どのように社会の中で快活に、永続して生息しているかを指し示した作品でもあります。 もちろん、旧作と同様、政治的で、社会的な要素を汲み取ることができる作品ですが、この作品の一番美しい点は、本のプリントの美しさと、本の表紙のデザインの繊細さにあると思います。そして、その2つの要素が、エプステインのプロジェクトをさらに崇高な作品として完結させている点だと思います。モノクロの作品は、単なる2色の黒と白ではなく、消え入りそうなグレーの色合いのバリエーションは幅広く、主題である、木の存在を抽象的に浮き彫りにし、優美さと威風堂々とした趣を醸し出しています。
題名である、"New York Arbor"のArborは、日本語の東屋にあたります。ニューヨークの都市を一つの庭園とし、そこに生息する木々を、休憩所として想定している粋なタイトルだと思います。19世紀後半から20世紀の初頭にかけて、フランスの写真家ユージン・アジェット(Eugene Atget)は、近代化の波が押し寄せるパリの街で、昔ながらのパリの面影を残す都市の風景や、建築物の作品を制作しました。ミッチ・エプステイン は、"New York Arbor" で、木々を主題に作品を制作していますが、ニューヨークという大都市の現代の様相を記録する作品として、アジェットと同じような位相から歴史的に検証されることと思います。